■山頂で流しそうめん、そしてカラオケ?
そこには、芸能人たちからの激励のメッセージとともに、「単独無酸素の意義」を解説するコーナーが掲載されていた(注:筆者は取材を通して、栗城さんが掲げる「単独無酸素」という看板がひどく誤解を生む表現であり、虚偽表示や誇大広告に近いことを知る)。それを見て私は愕然とした。私の企画書の文章が、そっくりそのままコピペされていたからだ。実現しなかった全国放送の番組のために書いたものだった。
「ボンベが重いし高価なので他の6つの最高峰では使わなかった」という栗城さんの言葉まで、そのままサイトに掲載されている。
「やったのは栗城本人ですよ。ボクらは逆に口出しできないです。彼はそういうとこメチャクチャこだわりますから」
栗城さんは「ボクのことを書いた原稿だから、ボクのもの」と思ったのだろうか? 仮にそうだとしても、自分の嘘まで載せてしまう感覚は理解に苦しむ。大勢の人たちが閲覧するサイトなのだ。
次に食らったパンチは、更に強烈だった。
《えっ! 流しそうめん? カラオケ?》
私は支援者が国内で応援イベントでも開くのか、と思いながら聞いていた。ところがそうではなかった。
「ギネスに挑戦します!」
栗城さんがニッコリと笑った。彼のアイデアで「ギネスブックに挑戦」と銘打った生中継企画が行なわれるのだ。私は会議の場で初めてそれを知った。BCに入ってから山頂アタックに出発するまで、高度順応の期間が3週間ほどある。ギネス挑戦企画はその間に催される、登頂本番を盛り上げるためのプレ・イベントだった。栗城さんはエベレストをどういう場所だと考えているのか……。ここは世界中から集まった数多の登山家が、登頂に歓喜し、挫折して咽び泣き、凍傷で指を失い、あるいは友の亡骸を下ろした、過酷なる「聖地」ではないのか?
そこで、流しそうめんにカラオケ? 先人たちにあまりにも非礼ではないか。栗城さんはかつてこうも語っていた。
「山に登れば登るほど、その大きさがわかって謙虚な気持ちになる」と。ならばエベレストは、いくつもの山を登り、謙虚な上にも謙虚になって、ようやくたどり着いた「山の中の山」であるはずだ。そこでなぜ余興が必要なのだ? 一体どこが謙虚なのだ?
打ち合わせを終えて移動するタクシーの中で、私は正直な感想を彼にぶつけた。
「登山というよりイベントですね?」
栗城さんは真顔で答えた。
「そうですね。絶対に面白くする自信があるんで」
面白くする? ……私はその言葉に、違和感を大きく超えて、嫌悪感を抱いた。それを顔には出さず、こう尋ねた。
「仮に登頂の生中継ができないとしたらどうしますか?」
彼は即座に返答した。
「それならエベレストには行きません」中継ができないなら登らない……そう明言したのだ。彼は更に言葉を続けた。
「ただ登るだけではつまらないので」登頂が目的ではない。世界最高峰の舞台からエンターテインメントを発信するのが、彼の真の目的なのだ。こんな登山家は過去にいなかった。
「一対一で山を感じたい」という山への畏敬と、「ただ登るだけではつまらない」という山への冒涜……彼が気づいているかどうかはわからないが、これは対極をなす。私には「夢の共有」が「矛盾の蟻地獄」に思われた……。
私は少し呼吸を整えた。そして質問を変えてみた。
「他の登山家が同じようにネット中継をしたら、栗城さんはそれを見ますか?」彼は珍しく言葉に詰まった。10秒ほどして、「いやあ、面白く見せられる人いますかねえ?」と首をひねった。
2009年9月7日、「ギネスに挑戦!」企画第一弾が生中継された。標高6400メートルのABCを舞台にした「世界一高いところで流しそうめん」だ。日本から持ち込んだ人工竹を斜面に組み、茹でた素麺を上から少しずつ流した。つゆの入った椀を手に、栗城さんが下で待ち構える。つゆはテレビ番組『料理の鉄人』の鉄人シェフが作ったものだ。
「来ました! 来ました!」
氷点下の冷気に表面が凍りついた素麺が、ポチャンと音を立てて椀の中に落下した。栗城さんがそれをチュルチュルと啜る。「おいしいです!」とカメラに笑顔を向けた。
その1週間後の9月14日には、「世界一高いところでカラオケを歌う」企画が中継された。ABCより更に上の標高7000メートル地点で、栗城さんは『ウイ・アー・ザ・ワールド』を歌った。ゼエゼエ、ハアハア、と息は荒く、時にひどく咳き込みながらの、ある意味「熱唱」だったが、同じ曲には到底聞こえなかった。
※全文はリンク先で
集英社オンライン2023.02.01
>>1
いい話だなぁ
栗城さんて方にはこれからも頑張って欲しい
>>1
故人叩いて何がしたいんだ?キメェな
なんか凍傷で両手の指壊死して切断するというイカれたジョークで世間をドン引きさせたドM誰だっけ?
承認欲求が異常に強い人って大変だな
生前が酷いとこんな死体蹴りをされてしまう
自業自得か
指をなくすぐらいには
一応山に登っていたりした分
ボクシングのリングに上がることなく
年齢制限なければボクシングのチャンピオン
ほざいている鶴太郎よりはマシ。
意味不明。頭頂自体が自己満足なものなので、そこからは人類初の〇〇やってみたの方が記録に残る。そして通常とは違う環境下でのそういった行いは実験にもなり世の中の役に立つ。
宇宙旅行でカップヌ○ドル食べたら想定出来ない事態になるかもしれない。でもそれは人類の進歩に貢献する
ダメなのか?
このスレッドもそうだけどタイトルに登山家って
あんなの登山家じゃねーよ アレが登山家ならイモトアヤコだって登山家になってしまう
栗城ってイモトアヤコと同じレベルだぜ
>>20
いやイモトアヤコのが上だろ
>>20
それはイモトに失礼だ
>>20
イモトに失礼
頂上からエンタメ配信したら冒涜とか意味がわからない
それにそう思ってたなら生きてるうちに本人に伝えるべきだった
多分発達系だったと思う
悪い意味じゃなく
周で見てる奴らでこいつ危ないかもって思ってたなら無謀なことは辞めさせるべきだった
ご冥福をお祈りします
ただ山登るだけで喰ってけるのって不思議
この人の言動がキンコン西野に似てるって言われる理由がわかった気がする
ダーウィン賞とれなかったのが心残りだろうね
信者は一番のアンチって事を示してくれたがそれを理解できる信者はこの世には存在しない
栗城きゅんが『グリーンブーツを回収してきます』なんて言っても面白くないし
服部文祥のあれは?
次なる逸材
「周りの人に元気と勇気を与えたい」―。糸満市の比嘉琉久(りゅうく)さん(18)
良い教訓になったので登山界にとってもそんな悪い話でもなかったよな
栗城さんはエベレストをどういう場所だと考えているのか……。ここは世界中から集まった数多の登山家が、登頂に歓喜し、挫折して咽び泣き、凍傷で指を失い、あるいは友の亡骸を下ろした、過酷なる「聖地」ではないのか?
聖地扱いするから無謀な栗城みたいなのが爆誕したのに
危険な山に登る奴はアホ
>>67
意味不明なんだが
あとそもそも世界中の大きな山は大体山岳信仰あるからな
「彼のすごさは、しつこさ、ですね」
ダウラギリのBCで、こんなことがあった。ある晩、栗城さんは音楽のDVDを見たいと言って、一枚のディスクをプレイヤーにセットした。だが、再生できない。他のディスクは作動するので、プレイヤーの問題ではない。
「おかしいな」
……栗城さんはそのDVDのディスクを布で拭いたり、水をかけたりといったことを、延々2時間繰り返したという。結果的にディスクが再生されたかどうかについて毅さんの記憶は曖昧だが、一心不乱にディスクと向き合う栗城さんの姿は鮮明な印象として残っている。
「呆れました。普通は諦めて別のディスクを見るじゃないですか? ああ、彼のすごさって、体力でも技術でもなく、しつこさなんだな、このしつこさがあるから8000メートル峰にも登れるんだな、って納得できました」
栗城さんの武器である「しつこさ」。それは16年間も温泉を掘り続けた父親譲りのものであることは疑いようがない。
(注)栗城さんの父・敏雄さんはある時、「温泉を掘り当ててやる」と決意し、自宅のそばを流れる後志利別川の岸辺のあちこちを、なんと16年も掘り続けた。そして1994年、ついに源泉らしきものを発見する。やがてその場所には町の中心部で唯一の温泉施設ができ、2008年には温泉に隣接してホテルも建築された。敏雄さんはそのホテルのオーナーとなった。
何かすごい親子
>>85
その温泉も怪しいんだけどな
別に栗城の親父が掘ったわけじゃないし、町営の温泉なのに
栗城のホテルが自分の所の浴場みたいにして使ってる
栗城の登山同様の胡散臭さが漂う話w
指を失った時点で登山の困難さより登山の楽しさをもっと喧伝する方向に変えていけてたらな
死んでもまだ批判され続けるのか
チビは承認欲求こじらせがち
エベレストって映画観てから単独無酸素がどれほど過酷か分かったわ
エベレストに登ろうとする人って山で死○たら本望なのかと思ったら一応死にたくはなくて必死に足掻くんだな
危険と困難をごっちゃにしてはいけないよな
エベレスト登ってるのに、アイスクライミング講座受講してたな
故人をネタにしてテラ銭稼いでいるのも如何なものかと思うがな
今なにやってるのこの人?指なくなってたよね
同時期に中国人の女性登山家が8大陸最速登頂を目指してヘリで移動してて
なんだかなと思ったけど、彼もそれに近かった

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